所得顔雑録

タカヒロを 下から読んだら 浪費過多
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仮面ライダーアマゾン【HDL】
アマゾンhdl.jpg
アマゾンはその独特すぎる形状ゆえに立体化の解釈も色々あると思いますが…

このアマゾンは極めて微妙。
まず顔が可愛らしすぎる点が致命傷、まぁアマゾンだと言えば間違いなくアマゾンなんですが…全体的に造型や彩色もダルくいまいちパッとしません。


現行HDでのリニューアルに期待。

| kaznoco | MASKED RIDER | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) | -
仮面ライダーX 【HDC】
xhdc.jpg
「HDL」から名前を変えて出された「HDC(ハイディティールクラシック)」は結局1弾出ただけで終わってしまったのですが、その際の目玉とも言えたのがこのXライダー。


大きめな頭が印象的。
ライドルを構えたポーズ、スーツのシワシワ感などXらしさを出しつつ非常に力強い雰囲気でまとまっています。
このサイズでは間違いなく決定版。

| kaznoco | MASKED RIDER | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) | -
ライダーマン 【HDC】
ライダーマンhdc.jpg
こちらもHDLからHDCに移ったライダーマン。
HDLの頃は右手が素手で、アーム付きはシークレット扱いでしたが、HDCでリニューアルされた際はデフォルトでアームが付くようになりました。


脇が締まってこじんまりしてる感じが実にライダーマン然としてます。
ライダーマンと言えばだいたいがこの腕を上げたポーズですが。バルタン星人がハサミが重くて常に腕を上げていなければならなかったように、このアームも掲げないと保持が難しいくらいの重量だったのではないでしょうか。顔よりデカいし。

で、カメラのピントってどうやって合わせるの?
| kaznoco | MASKED RIDER | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) | -
仮面ライダーV3 【HDC】
V3hdc.jpg
こちらはHDLで一度発売された後、後継シリーズ「HDC(ハイディティールクラシック)」でもう一度発売されたV3です。


このV3についてはこちらで取り上げました。


THE 手抜き更新!とりあえず昭和全ライダー消化する!
| kaznoco | MASKED RIDER | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) | -
仮面ライダー新2号 【HDL】
新二号hdl.jpg
新1号と一緒にリリースされた新2号。
今さらながら手袋ブーツが赤で体のラインが一本なのが2号です(1号は銀手袋ブーツにライン二本)


先述の新1号と組み合わせて並べると映えるポーズになっています。



このくらい軽くやっていけばブログも続けられるはず
| kaznoco | MASKED RIDER | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) | -
仮面ライダー新1号 【HDL】
オタクブログに関しては本当にご無沙汰しております。

ウルトラ&ライダーフィギュアと作ってないプラモとガイアメモリ、あと雑誌とCDで部屋がいっぱいで、写真撮るスペースもありません。2月の引越までこの状態が続きますが、梱包作業のついでに細々とお気に入りのコレクションをアップしていきたいと思います。


さて更新をサボっている間に僕が愛する仮面ライダーの食玩HD(ハイディティール)シリーズは、4年かけてついに昭和から平成まで全主役ライダーを揃えるという偉業を成し遂げました。
昭和に関しては絶対売れなそうシンやJなんかもいるわけで、これはバンダイキャンディトイ事業部を手放しで賞賛したい!というわけで遅れ馳せながらHD昭和ライダー。
なお今年は仮面ライダー誕生40周年。


新一号hdl.jpg
「HDL(ハイディティールリミテッド)」として2006年に発売されていたHDシリーズ初期の新1号。
この弾はなぜか目が曇っているのが特徴。


新1号は今年発売されたHDM(ハイディティールマテリアルかな?)創絶シリーズでスマート過ぎるくらいリニューアルされました。
今のHDと比べればクオリティは落ちますが、初期HDらしい独特の質感があり、(今見ると)昭和感漂う造形も味がある新1号です。

| kaznoco | MASKED RIDER | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) | -
2010年、やっと見えてきた欠片
ベースのこと、プレイヤーとしての自分、ここに来て今とても強く意識し始めている。



自分はベースが上手い だなんて、僕は一度足りとて思ったことはない。
ライブハウスに出る度に、また今日も出演者の中で自分が一番下手クソだと思ってはその感情をベースを振り回すことで掻き消す、五年前からずっとそうしてきた。

そしていつからか「俺ベース下手なんで〜」と自ら率先して言うようになった。
必要以上に自分を卑下することで、意識を高く持てない自分を庇っていたのだろう。得てして人に言われるよりは、自分で言った方が百倍楽じゃないですか、ね。


けど、もうそれは止める。今になって、そういう決意ができた。
ベースは僕が“音楽の演奏”という大それたことを人前で堂々と行える唯一の楽器であり、この世界と戦うために手にした唯一の武器でもある。
そしてそれは僕が今生きている姿、スタイルでありスタンスだ。だからこそ、ベーシストであることに誇りを持ち、真摯に向き合わなくてはならない。

そんな当たり前のことに気付くのに、ずいぶんと時間がかかってしまった。



太平洋不知火楽団は今年は全国盤を初めてリリースして、初ワンマンを四時間行い、全国あちこち回って、O-EASTから土蔵までありとあらゆるライブハウス、バンド企画、イベント、下北フェスに至っては三度、果てはサマソニにも出演した。
後ろ盾も何もない一介の無名バンドが、多くの人たちに支えられながらも自力でここまでやってきたのだ。
無我夢中で駆け抜け、数々の戦いを繰り広げてきた一年間だったが、今これを全てを経験値として昇華できるか、それが来年に向けての課題であり、布石となる。


僕の周りを跋扈する、恐ろしくも愛すべき同業者達。
今年はTOKYO NEW WAVE2010に参加して、同じイベント同じコンピ…という同じ土俵に立った上で改めて目にして耳にしたベーシストは皆、唯一無二の色を持ったとんでもないプレイヤーだった。ツダ君、溝渕さん、飯ちゃん、シノさん、全ちゃん、ラリー、バンビ君、わだまり嬢、入井さんも…昴も。今年一緒にツアー回ったオワリカラツダ君とセバス飯ちゃん、そして雨先案内人のポンチョ君には、そのポテンシャルを毎日見せつけられ、感化されつつも発奮した。下北沢で幾度となく時間を過ごした大切な盟友、撃鉄田代兄と元クリポ大迫(で受付にいるSUNN高木)。ライブ後よく現れるエジプト139(さん付けしづらい)。打ち上げでいきなりベースの暴れ方を聞いてきた変なやつに会ったのは夏前、気づけば超高速でのし上がりまくってきたエネルギーの塊ディスパニ松坂君。個人的に「一番コピーしたいベース」を弾いていた元AFRICAEMO川見君。存在が気高すぎて目標にすらできない河野さん、来年度最初に立ちはだかる壁と言っても過言ではない、ふくろうず卓丸君。

僕の中では神である中尾憲太郎さんと話せるようになったのも今年だった。大学時代コピーしまくって、DVDをコマ送り再生して奏法やアクションを研究した、人生を変えてくれたといっても過言ではないヒーロー。そんな人に、ライブハウスで会って普通に声を掛けて貰えることは、僕としては未だに有り得ないことだし信じられない。
尊敬する先輩と言えば、赤い疑惑のクラッチさんと、あら恋の劔さん。劔さんにはサマソニの舞台裏で絶対に忘れられないであろう貴重な時間を共にさせて貰った(過去ログに少し書いたよ)。僕の中で劔さんはかまってちゃんや撃鉄のマネージャーである前に、死ぬほどカッコいいベースヒーローである。

帰ってきたヒーロー、チッツの列車強盗(ex.幸ちゃん)、乍東十四雄の青木君。昔から多くの場で切磋琢磨してきたimamonジョンやHOMMEみっちゃん、こんなに会ってるのに未だに正体を掴めた気がしない四天王(笑)、テングのクボヤ、salsa佐藤君、キンヌラまこっちゃん、都心のサエキ君。sisiのMr.カロリーには今週末久々に会うな。YUTOPAN!?最近会ってないけどエポケー遠藤君や抜刀術のようなベースを弾くクリープハイプのカオナシ君(この呼び名は慣れない!)。八十八カ所のマーガレットには毎日だって会いたい。蔵フェスで多くの素敵な時間を過ごしたデロドロひかりちゃん、巨人、グーミ藤井さん。性別と若さの時点でこちとらもう白旗だぜ、ソンソンのジェット、ラブ人間のえみそん。てかデフォルトで白旗上げますよかなわねぇもん灰緑のお兄ちゃんやSorrys!MKT。あんなに上手いのにこんな若輩者に優しく接してくれるURBAN修平さん、寺中さん、入力親父もそう。あ、新たに笹口聡吾の横に立ったベーシストその名は早瀬。(ex.URGA)

現状第一線を退いてはいるものの、僕らのリリースに駆けつけてくれた永遠のライバルたち。元オブストラクションアサノ君と元GEVAヒラオカ君。君らに会えたのがどれだけ嬉しかったことか。

先述の通り今回のツアーを経てこんな風にベースについて真面目に考えるきっかけとなったのははこモーフかなえちゃんで。

そして何よりかけがえのない存在である、ここまで名前が出てないならもうわかっているだろうが、勿論そう貴様だ!不完全密室殺人舟橋孝裕!


このリリースツアーがなかったら、危うくこんな多くの邂逅を見逃すところだった。これは安っぽい仲間意識などではない。むしろ全員敵視してもいいくらい。敬愛する沢山のベーシストに出会い、沢山影響を受け、それを自らの糧にした。
そう、だから、俺もやる。



ツアー後はすでに三本のライブを終えた。
10日のひらくドア企画ガチンコ4マン、イベンターでもバンドマンでもない一人の女性が300人を動かした12日のあずちゃん企画、17日のはこモーフツアーファイナル。
この三回のライブで、自分の演奏、そして何よりバンドの演奏に「手応え」を感じられるようになりつつある。17日は、個人的には最高の内容だった。何かが確かに変わりそうな気がしてる。

ツアーを終え、僕はそれまで着ていた派手な衣装を脱いだ。これも、自分への自信のなさをカモフラージュするものなんじゃないか、と思ってしまったからだ。そう思ったら、あんなに拘ってた衣装に急激に興味がなくなった。
さらに、ツアー明けに見たMOROHA企画(THEラブ人間・SEBASTIAN Xとの3マン)で、本当に何事かと思うくらい自分の価値観が変わってしまうほどのステージを見せられたのも一因だ。「明日何着ようかなー」なんて考えてる場合じゃねぇぞ、と面食らった。
まぁ考えすぎかもしれないし、僕のことだからまたふとした弾みで変な格好をすることもあるだろう。だが、今はこの湧き上がるいきり立ち具合に素直に従おうと思う。
実際、意識的な面は大きく変えることができた。



僕はこの世界で誇り高く戦っていけるだろうか。
課題も目標も山積している。今にも崩れそうなくらいに。思わず目を背けたくなるぐらいに。



OK、やってやるさ。

目の前の全部、ひっくるめて。

| kaznoco | DIARY | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | -
12/5 TOURwithはこモーフ 名古屋篇

【ROAD TO 名古屋】
朝5時起きで栃木出発。わすが二泊ではあったが、地元での生活がここまで楽しく彩られることはこの先ないだろう。はこモーフ太平洋メンバー並びに冬真さん、閃光のLUCKYSOUND、母と叔父、皆ありがとう。

さて久々の長距離移動となる栃木北部→名古屋行。
最大のトピックとして上げられるのは、静岡横断中にまさかのガス欠。まぁ何というか、残メーターがわかりづらい表示の車?だったのである。

ガス欠
↑高速道路上で停車した場合、救援が来るまで路肩に待避しなくてはならない(公道のさらし者にならなくてはならない)

※なおガス欠であろうとも高速道路上での駐停車は道路交通法違反。みんな気をつけような!



【味噌の都市から愛をこめて】
この日は名古屋で「ガンプラEXPO」が行われていることは勿論この大内、すでに把握済みである。
イベント内容自体は夏の東京開催に行ったので大体わかっているが、それより何より東京では売ってなかった限定品「HGUC Zガンダム クリアカラーver.」を手に入れなければならぬ。クリアカラーは好きではないけど、東京で初代とZZを買った以上Zは必須だ。

リハを時間通り、遅くとも15分押し程度で終わらせ、それから向かえば充分に間に合うはず……だったが、PAさんのアレがアレで、リハ一時間押し。絶対に間に合わない!
…しかし、持つべきものそれは友人!一緒に行く約束をしていたザ・フロイト小森君がバイクでひとっ走り、Zガンダムを買ってきてくれたのである!
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結局イベントは行けなかったが、これが手に入ったことでこのツアーの目的の25%くらいは達成した。ありがとう小森君!



【ツアー雑感】
この日は名古屋のイベンター、シノさんによる乍東十四雄レコ発企画。
独特な作りのハコを独特なテイストで彩った、これまで見たことのない雰囲気のイベントだった。
この日の出演に至るまでには何かと経緯があったが、とにかく色々と無理を聞いてもらってありがとうございました。本当に出れてよかった!

そしてこの日は10/9から始まった太平洋不知火楽団レコ発ツアーの最終日でもある。10月の名古屋(大須)OYSでの農村企画から始まり、11月の名古屋(新栄)での不完全密室殺人企画で折り返し、そして今回の12月の名古屋(新栄)vioでのシノさん企画で締め。今年は本当に名古屋にお世話になりまくった太平洋としては、最高の形のツアーだったと思う。


【東名る 東名る】
実は乍東十四雄とはここ最近3ヶ月連続で同じイベントに出ていた。
二年近い付き合いがあるこのバンド、もちろんCDも全部持っているが、今、本当に良いバンドになっている。長年連れ添ったメンバーが抜けたり、五人組になったり、キーボードが入ったり抜けたり変遷を繰り返しながら、今オリジナルメンバーであるベースの青木君が復帰し、それはまさに「乍東十四雄の音が帰ってきた」という感じ。
このベースあってのバンド、このバンドあってのこのベース。理想の姿だ。


【自民の置き土産】
夏からのツアーで学んだこと、それは「たとえ後ろ髪引かれても日曜は帰れ」
高速道路は日曜の23:59までに乗れば1000円で帰れるのであり、財布が常に瀕死であるツアーバンドはこれを無視するわけにはいかない。
そこで覚えたのが、もはや恒例となりつつある「サービスエリア打ち上げ」打ち上げを切り上げてとりあえず高速に乗り、サービスエリアで合流してゆっくり話をするというやり方だ。まぁ酒が飲めない分無粋であるが、背に腹は代えられない。
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乍東十四雄・はこモーフ・太平洋不知火楽団。

男の子的トークに華を咲かせすぎて女性陣の反感を喰らう!


【脱・ベースくずれへの道】
そしてこのツアー期間中は、ベースという楽器について改めて本気で向き合い、研究した。それはもうフレーズ・音作りは勿論プレイヤーとしての姿勢、その存在意義に至るまで全て考え直した。
特にこの三日間については、そんな俺の止まらぬベース談義を真摯に聞いて答えてくれたはこモーフベースかなえ嬢に多大なる感謝を。本当に衝撃的なくらい勉強になったし、考えさせられることが多かった。

このツアーを終え、不完全舟橋君や雨先案内人の斎藤君ををはじめとした敬愛するプレイヤー達と全国で接したことで、俺はやっと一皮剥けることができそうな気がしてきた。
道中かなえ嬢とした話は、自分をもう一段階上に持っていくための(意識的な意味での)足掛かりになるだろう。また迷惑がられるだろうが1000人が見るこのブログで言うぜ。最上級の敬意を込めて、LOVE!!


もう下手さを言い訳にして自分を庇うのは止めだ。俺と向き合いベースと向き合い、ステージの外にいる貴様らとも正面から向き合ってやる。



【二十代から始める社交講座】
皆が寝静まった車内で、ひたすら喋り続ける大内とはこモーフ竹谷。
俺が社交的?それは半分合ってて、半分間違っている。俺がこの世界で生きるために身につけた、否、身につけざるを得なかった社交術と処世術を、それこそ一冊本が書けるくらい語り続けた。それは、ビールと鬼ごろしでブーストがかかっていたから。

小学校の頃の俺は内向的な肥満児で、中学校の時は吃音がコンプレックスの空回り野郎、高校時代は共学校なのに女子と三年間殆ど喋らないというミラクルを達成した。そんな俺が今みたいに誰とも気兼ねなく喋れる性格になれたのは、全て新天地東京に来たおかげ。だから俺は、絶対に栃木に戻りたくない。

新しい自分を延々と装い続けた結果、いつの間にかそれが素になってしまった。本来自分がどんな人間だったかなんて、もう二度と思い出せないし、思い出す必要もない。

「社交性は技術と自己暗示」



【来たる、GEKITEZ】
この日大阪でライブがあった撃鉄。帰り道が同じ……というだけではない。撃鉄はこの日下北沢THREEの一周年記念企画、AM24時スタート翌AM24時クローズの狂気の24時間ぶっ通しイベントの企画の一つとして「撃鉄ドラム近藤24時間チャリティーマラソン」のスタートを、この高速道路上で行おうというのだ。そんなイベント、ここまで来て立ち会わないわけには行かない!

東名高速で撃鉄カーと抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げたのち、四時間ほどかけてついに合流in御殿場。
路肩にある高速バスの停留所に車を止め下界に降り立つ!
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短パンスニーカーの近藤は暗闇の山中に消えていった!その絵面が凄すぎて爆笑と共に見送るメンバー。朝五時に巻き起こったあの瞬間のグルーヴは、相〜当〜ヤバかった。

この2日後たまたま近藤くんに会ったのだが、何とか24時過ぎに感動のゴール&撃鉄ライブ、最終的に歩けないくらいまで足がやられてしまったが「バスドラは使う筋肉が違うみたいで普通に叩けた」そうである。


【此処は君の町】
朝7時、東京着。僕は例によって完全にブースト後の電池切れを起こし、撃鉄と別れた後はまったく意識がなかった。
新宿で解散しようとした時、ふと帰りの道中給油をした覚えがないことに気付く(ツアー費は僕が管理しているため)。恐る恐るメーターを覗くと……残量0。いや、0.1。この日二度目となるガス欠五秒前であった。というわけで、帰宅するはずが最寄りのガソリンスタンドに向け再び発車。心臓に悪いことこの上なかったが何とか辿り付き、この最後の最後までイベント尽くしのツアーは終わった。

その後は竹谷嬢&ヨシミ嬢となぜか朝マックに繰り出すも、もはやガス欠を通り越していた僕は延々寝続けた。起きたら朝11時。全身ガチガチで、余韻など全くないまま帰路。


だがその夜、手帳を開いたらこれ。

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粋なことをしてくれる。
ありがとうはこモーフ!一緒にツアーを回れてよかった。

「312」

はこモーフ&太平洋不知火楽団
「三人唯一無二」

| kaznoco | 太平洋不知火楽団リリースツアー2010 | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) | -
12/4 TOURwithはこモーフ 宇都宮篇

【見参、LUCKYSOUND】
昨日のライブで完全に故障したマイベース。途方に暮れていた僕にはこモーフヨシミちゃんが提案してくれたのは「山ちゃん来てくんないかな?」

朝10時、僕の地元である野崎駅(新宿から約3時間、朝と夜は無人駅、24時間営業のコンビニなし)にLUCKYSOUNDことトリプルファイヤー山本君が降り立った!未だに信じられない!
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こたつは瞬く間に山本君の工房と化し、馴れた手つきでベースの回路部を分解、故障部を瞬時に見つけ出し、ものの30分程度で修理は完了。確かな技術とこの異常とも言えるフットワークの軽さ、そしてバンドマン目線での対応。LUCKYSOUND半端ねぇっす。
しかしトリプルファイヤーのメンバーがこの地この家この空間にいるという事実はどう考えても不可思議!修理してる後ろでは笹口が「星のカービィスーパーDX」でひたすら死んでる。

山本君と一緒に宇都宮へ移動するも彼の時間はギリギリで、リハを見届けたのち観光もできずお土産も買えず、本当にベース修理だけのためにやってきて東京にトンボ返りしていく形となった。少しばかりの謝礼はもちろん、あとレモン牛乳(栃木名物)を渡し、閃光のラッキーサウンドは栃木を駆け抜けていった。



【○ンダリ○ダリン○】
この日の対バンは“地方ならでは”な感じ。忘れていた感覚にびっくりしますよね。

ツアー中何度も思ったことだが、はこモーフは対バンがどんなジャンルであろうともアウェイ感に陥らずにイベントに溶け込んで、その音楽性を発揮できる稀有なバンドだ。
だから太平洋のように一辺倒でクセの強いバンドとも一緒にツアーが回れるし、それが自然に収まるのだろう。それは僕らには絶対に真似できない強みだ。



【コンペイトウ】
この日は東京の友人である元KENTの店員、亀田さんに組んでもらったイベント。だいぶ急なお願いだったのだが、無事この日を実現してくれた亀田さんに感謝。

この場所でライブをするとのは、僕にとっては少し特別なこと。ここ宇都宮KENTは、高校生の頃に僕が初めて訪れたライブハウスなのだ。
10年前にここに来た時、それはそれは大きく見えたフロアととても高く見えたステージ。いざ立ってみると、実際は記憶より遥かに小さかった。記憶が想像を膨らませたのか、それとも僕が大きくなってしまったのか。

しかしそれでも、「ここ」はずっと変わらずに「ここ」にあった。
西武百貨店はナガサキヤになり、駅前のロビンソンはヨドバシカメラになり、オリオン通りに映画館はほとんど無くなり、ボーグですらヘブンズロックになってしまったけど、KENTは10年前に親友の背面ギターソロを見たあの日のままだった。

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楽屋はお宝レベルのプロレスポスターが多数で感動
ソンソン弁当箱のカジカに来てほしいぜ


その日は一応僕の地元での初ライブ…いわゆる凱旋ということになるのだろうが、僕は地元の友人にバンドをやっていることを告げていないし、高校時代の友人に関しては全員切れてしまったので、呼べるような人は誰もいないのであった。
そう、当たり前ながら、僕はこの地で生きている人間ではない。


【四次元へのパスポート】
今日のKENT、何が凄いって「持ち時間」という概念がなかったこと。
「時間?特にないんで、ほどよく、やってください」
「転換も、まぁ常識の範囲内でやってもらえれば」

時間に追われる東京の荒んだバンドマンズにそんな衝撃の指示をくれたクレバーなスタッフは、今栃木で最も勢いのあるバンドKiNGONSのメンバーであった。
終演後に彼と色々話してるうちに、彼の栃木訛りがうつる。その後二時間、訛る。

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ツアーバンドはサインを残すしきたり


【どこでもマッドダンサー】
昨日の福島、今日の栃木と、どちらもPAがSEでthe morningsを流すという奇跡。


【満州こそ至高ならずや】
この日のイベントは17時半にスタートし、21時前には終わってしまった。よって、夜は長い。
宇都宮ということで名物の餃子を食べに行く。僕自身、宇都宮で餃子を食べるのは初めてみたいなもの。まぁ日本全国どこでも餃子は餃子であり、宇都宮の餃子も、やはり餃子であった。(訛り中)



【数奇なる星の許に】
先述の通り、大田原はとにかく星空のスケールが尋常でない。同郷の人によると、日本でも有数の星がよく見える町らしい。

宿泊している家はすぐ近くに小学校があり、これがまた田舎なので校庭がだだっ広く、周囲に二階建てより高い建物がない。
深夜0時に忍び込んだその校庭の天上は、読んで字の如く、満天の星空。
東京に出るまで18年をこの地で過ごしたはずだが、こんな恐ろしいまでの絶景にはこの日まで気付かなかった。自分を取り巻く環境や状況が変わり、そして自分自身も変わり、初めて見える風景がそこにはあった。


小学校の広大な校庭。恐ろしいほどの星空。東京からやってきた20代のバンドマンが六人。



ずいぶん遠いところまで来てしまった。



【超電子ダイナモ】
アルコールでブーストをかけると共に確変状態に突入していたが、まあMAX状態というのは得てして時間制限があるもので、電池切れと共にコタツで朝を迎える。後悔はしていないが、自戒の念は…ある!ごめんね!

| kaznoco | 太平洋不知火楽団リリースツアー2010 | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) | -
12/3 TOURwithはこモーフ 郡山篇
【はじまりは雨から】
朝起きると、外は狂ったような大豪雨。さすがに機材を抱えて歩ける状況ではないため、いきなり集合時間を一時間遅らせる。
雨は30分後に上がるというナイス判断だったが、約六年ぶりとなる西武池袋線の通勤ラッシュに遭遇、もうこれが本当にキツくて、もはやカタギな生活には対応できん。それにしても楽器持って満員電車に乗る時の罪悪感といったら。

この怒涛の雨雲は太ハコ御一行と共に北上し、東京で出発を遅らせ、栃木の高速道路上で嵐を浴びせ、さらに郡山到着後に僕らをライブハウスに監禁した。


【タワーレコード郡山店】
入荷数もそんなに多くなかったし、展開されているという話もなかったので伺う予定もなく、ただ単にふらりと様子を見に行ったら…
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本日??
郡山の雑草

なんだか右に無名バンドがいるぞ!

タワレコ郡山店にて
なんと店の方が自主的に展開をしてくれていたのでした。
立ち寄ってよかった!本当にありがとうございます!



【dive to blue】
先月のいわきに続いて対バンした佐藤君(Lv1エクスカリバー)からリクエストされていた「Wake up dead boy」を久々に解禁したところ、久々にやりすぎスイッチがON!ON!ON!
ポールを伝って天井に登り、ぶら下がろうとしたところバランスを崩しそのまま垂直落下。
尾てい骨打撲…まぁそれは車に座るとき痛いくらいで特に問題ないのだが、ツアー初日にしてベースが完全に故障、沈黙した。

ベースの故障なんて以前は月2ペースだったが…その度にお世話になっていたリペア技師の人がいて、今年6月に福岡に転勤する直前に総力を尽くして改造してくれて以来、一度も壊れていなかったこのベース。この上なく自業自得なのだが、悲しいものは悲しい。
が、そんな絶望の淵でヨシミちゃんから一筋の希望を見出された。

明日、奇跡の「福音」が鳴り響く。(続く)



【13階建てマンションの】
以前からお世話になっている郡山PEAK ACTION。この日の対バンは、地元1バンドに加え東京からのツアーバンド4バンド。
その中にいたTDBRSというバンド、この人たちは地元が埼玉県の奥地鶴ヶ島で、太平洋が以前「オブストラクション」というバンドに呼ばれよくその地でライブをしてた頃、うちを見ていたのだという。
もちろんオブストラクションは共通の友人であり、まさかの福島での巡り合わせに感動。バンドをやっていると、こういう有り得ない確率の偶然に多々遭遇する。

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いつも僕がやってる↑このポーズを編み出したのがオブストラクションのアサノ君なのである


【地元雑感】
ツアーバンドにとって、一番の問題となるのが宿泊場所。
今回はちょうど郡山と宇都宮の中間あたり、僕の出身地である大田原にある現在使われていない親戚の一軒家を借りることに。ライブから車から宿泊に至るまで、完全なる共同生活。齢26にしてこの青春してる感やばい。

前にこの家に来たのは何年前だろう。場所もおぼろげにしか覚えていないくらい昔だ。
僕が記憶していた以上にその家がある住宅街は広く、恐ろしいほどに無音。コンビニも街灯もろくにない暗闇だったが、とにかく星が尋常でなく綺麗で、空を埋め尽くしていた。

郡山を発ってこの地に着いたのは深夜二時すぎ。住宅街に入ったものの場所を思い出せず、一人で車を降りて家を探し回っていた時、ふと一人の男が車に送られ自宅に入っていく姿を見かけた。
暗がりで目が合いお互い会釈した程度であちらはただの通行人だと思ったようだが、僕はその「シルエット」で誰だかすぐわかった。身体に重い障害があり20歳までは生きられないと言われていた、中学校卒業以来一度も会ってないクラスメイトだ。卑屈な奴だったがぼちぼち仲は良かった。
こんな時間に何をしていたかは知らないが、こんな意図せぬ形で確実な生存を報告された。そうか、着実に生きながらえているのはお互い様だな。僕は君が何をしているかなんて興味ないし、それは君も同じだろうが、お互い生きていればどこかで交わることもあるだろう。ただ今はその時ではない確信がある。いつかまた会おう。



【オオウチヨシアキ邸にて】
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ほんとにツアーって感じ
次々と脱落者を出しながらも翌朝まで打ち上げた模様。

| kaznoco | 太平洋不知火楽団リリースツアー2010 | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) | -
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